洗礼なんかくそったれ | アジアを旅する

洗礼なんかくそったれ

目覚めた。まだ外は真っ暗だった。時計を見たら午前4時くらいか。僕はいまバラナシからサトナへ向かう寝台列車に乗ったのだった。旅中、朝目覚めると自分がどこにいるんだったか?と思うことがよくある。
僕はサトナ駅を乗り過ごさずに停車予定時刻より早めに起きれたようだ。僕はすぐにベットに横たわったまま周りを確かめた。これは一人旅の癖、目覚めたらまず自分の荷物を確かめる。ホテルでもそうだ。去年、上海へ行くときにお金をはたいて買ったバックパックは枕にしてあったから頭の後ろにあった。ん・・・、そういえば横においていた小さなバックが無い。無い。無い・・・・ぞ。寝起きだった僕にはそれ以上頭が回らないし、かといって慌てて騒ぎ出すような気力もまだない。
『あらら・・・、やられたなー。ははは・・・』
程度しか思考が働かない。
とりあえず、一分くらいその場で考えてみた。バックの中には何を入れていたっけ?昨日の夜何をいれたんだっけ?ん、お金は?そういえばデジカメが無い。帰りの航空券は?トラベラーズチェックは??考えれば考えるほど事態の重さが鮮明になって頭に入ってくる。あ、パスポート!
一瞬、ヒヤリとしたがパスポートだけはジーンズのポケットに突っ込んで寝たので無事だった。パスポートを確認した僕は、一気に全身の力が抜けていった気がした。

昨晩、列車で隣のベットになったサトシさんが起きた。僕は回らぬ頭で「貴重品盗まれちゃいました。ははは・・・」と伝えたら、彼も寝起きで頭がうまく働かないみたいで「ほんとー・・・そりゃやばいねぇ・・・」と一言。二人して茫然だ。ちなみに、財布ごと盗まれて、この日に限って現金を分散させず持っていた。ジーンズのポケットをあさぐると、くしゃくしゃになったルピー札と硬貨が寂しく顔をだした。1ルピー硬貨も見逃さず細かく数えたら所持金が134ルピーしかなかった。日本円にするとたったの300円ちょっとだ。

乗ってた車両、近くの車両を歩き回ってみたがそれらしいバックは見当たるはずもなかった。同じコンパートメントに乗ってたインド人のおじいちゃんに荷物が盗まれたんです、と言ったら「ワシも盗まれたよ。まぁ、インドではよくある事だから。お前ももうちょっとしっかりガードしておかないと。」と日常茶飯事のこととばかりに返答されてしまう。

『インドかー・・・。これがインドかよおおぉ』

インドに初めて旅行するひとには、必ず「インドの洗礼」がやってくると聞いていたが、この洗礼は僕には過激すぎだ。もうちょっと軽いのにしてくれればよかったのに。

全開に開いた車両の乗り込み口から外の風景を見ながらタバコに火をつける。タバコを吸わなければやってられない。さっきからずっと手が震えているのだ。たぶん、この時の僕はそんなに事態を重く考えてなかったと思う。正確にいうと寝起きだったというのもあるけど、本当なら途方にくれているだろう。しかし、手だけは事態の重さを語っているのかもしれない。金も無い、帰りの飛行機はどうなるのだろうか、これまで撮った写真が・・、と色々考えると・・・・

『あぁ、外の風景はのどかで気持ちいいな・・・。』

本当に列車から見える外の風景、流れこむひんやりした風は心地良かった。朝日を浴びてきらきら輝く草原、のどかに草を食べる牛たち。僕の抱え込んだトラブルなんてちっぽけに思えるくらいきれいな景色だった。

『とりあえず、サトナに着いたら警察だなあ。はぁまいった!』